プロフィール

船橋 幸彦 | YUKIHIKO FUNABASHI

1953年  船橋服装オーダー店の次男として長崎市に生まれる。
1976年  渡英。英国王室御用達のテーラーで1年間修行。
1977年  イタリア、ローマへ渡り老舗テーラー、カラチェニで修行を重ねる。
 また、ローマの裁断学校(ACCADEMIA NAZIONALE DEI SARTORI)を卒業。
 イタリアの伝統的なカッティング理論、技術を習得。
1980年  ローマにてYUKIを設立。独立して仕事を始める。
1994年  ミラノにSARTORIA YPSILONを開く。
2009年  本格的に日本を拠点に活動を開始。店舗および工房を日本橋三越へ移す。
2014年  三越伊勢丹から独立し、新たに店舗と工房を日本橋内へ移転。
船橋幸彦のプロフィール写真

ネオルネッサンス構想(服作りに携わりながら私が感じていること)

私は約40年前、スーツ作りの本場であるロンドンへ向かいました。
すでに日本で、服作りの基本的なことは学んでいた訳ですが、私がそこでまず感動させられたのは、その完成度の高さでした。それぞれのパーツを機能的に組み合わせ、忠実にミシンで縫製していく丁寧な仕事ぶりにも驚きました。しかし、自分としてはそのカチッとした出来栄えになかなか満足することが出来ませんでした。

ロンドンでの修行後、私はその答を探すため、ローマの老舗、カラチェニの門を叩きました。そして、そこで目にしたものは、「手作り」の服作りが生きていたことでした。
英国は、産業革命、効率優先の技術革新、機械導入の最先端を走って成功を収めた国です。ですから服作りもそれなりの進化を遂げ、一つの完成した姿を為していました。
一方イタリアは、地理的な状況もあり、産業革命の波及から遅れ「分別な進化を遂げていた、あるいは取り残され温存されてきた部分があった」ということです。それは、国民性の違いもあるのかも知れませんが、とにかくイタリアの服作りは、手縫いの感覚、肩パットなどの入れ方が、英国とは大きく異なるのです。
私はそこに感じるものがあり、夢中で学び取ることに努めました。これが自分にとって、服作りの本格的な修行の始まりだったように思います。

機械文明の行き着く先には、効率、技術革新、機械化などがあることは承知しています。
私自身、ライセンス契約でイージーオーダーの工場生産にも携わる立場であり、 これらの傾向、手法を大いに活用させてもらっています。
しかし、服作りの進化の系統に「英国流」と「イタリア流」というものがあるとすれば、私は後者の「イタリア流」に汲みしたいと思います。
このことは、論理を超えた「感性」の領域にかかわる事柄です。どちらが優越するものでもなければ、正解というわけでもありません。一言でいえば、好みの問題でしょうか。

でも、私なりのこだわりから申し上げますと、服作りがそれを着る人の体型に合っているかどうかという、実用でのレベルを超え「更に人柄や思想を形象するもの」だとすると、やはり「イタリア流」で仕立てることにこそ、やり甲斐を感じます。注文服を誂えることへの極みを感じるのです。
私は、服作りの先にあるもの、服作りを通して着る人と仕立てる者との交流、共鳴するものを実感しながら、それを服作りに込めることで誂え服が完成すると思います。
服に命が与えられるのです。

効率優先の産業社会において、こんな陳腐な考え方、思想は時代遅れと言われそうですが、少々大げさな表現を許していただけるならば、私にとって自分の生涯を捧げる仕事である服作りにおいて、もし魂を込めてやる仕事と、そうでない仕事があるとすれば、効率や収益面を少々犠牲にしてでも前者を選択したく思います。
実際、これまでの自身の仕事ぶりや顧客評価を振り返ってみると「ここ」にこそ自分の存在意義を見出すことができるのです。

私は既に還暦を越えました。これまでの生き方を、より真摯に振り返るゆとりも持てるようになりました。そこで最近思うようになったことがあります。
それは、現代の物質文明、機械文明の行き着く先が効率性や便利性優先で、もし文化、特に個々人の満足度を高めるような高級な精神文化(※高級な精神文化とは、高価なということではなく志が高いというくらいのつもりで申し上げています)がないがしろにされるようであれば、それは世界史の方向として間違っているのではないかということです。

歴史を振り返ってみれば、科学技術と人間を取り巻く文芸・教養の世界観がみごとに融合しながら発展、開花した時期がありました。ヨーロッパのルネッサンス期です。
そして十九世紀初頭にも、建築史上でルネッサンスの様式が復興した時期がありました。それは、ネオルネッサンス様式と呼ばれていました。
私は、今の高度に発達した電子通信技術や機械文明の行き着く先に、人間の価値が下がり居場所がなくなっていくような懸念を、なんとなく感じるのです。産業社会の行く末、資本主義経済の欠陥、そういった大げさな話ではなく、これは感性で生きてきた一人の仕立て屋として、ただ漠然とした疑問、予感に過ぎませんが…

そこで私がこれから先にやるべきこと、できること、というささやかな使命感として、服作りにおける価値の復興、つまり効率や生産性よりも「着る人の為の価値の回復に主眼を置いた服作り」を提唱していきたいと考えるのです。これが、私の伝えたい「ネオルネッサンス構想」です。

代表 船橋 幸彦